オーストラリア人は常にスポーツを愛し、また優秀でもあった。1901年の連邦結成前でさえも、「オーストラリア」は一つの国家として国際舞台で競っていた。
オーストラリアには120を超えるスポーツの全国組織があり、地方、地域、州などのスポーツ団体は数千になる。記録上、およそ650万のオーストラリア人がなんらかのスポーツに参加者している。健全で活発な地域社会育成のためのスポーツ利用は、オーストラリア政府の主要な目標に含まれ、2007-08年度には国内のスポーツ振興のためにおよそ2億5,000万ドルの支出を予定している。
オーストラリア・スポーツ委員会(Australian Sports1 Commission: ASC)には、このうち2億1,600万ドルが支給され、能力の高い選手に対する質の高い訓練の提供と、スポーツ全国組織とスポーツ事業への資金提供によって、優秀選手の発掘と開発から、女性、先住民のスポーツ、身体障害者のためのスポーツに対する特別計画までが行われている。プログラムの実施に加え、同コミッションには指導、調整、資金調達のほか、スポーツ関連の問題について啓蒙活動をする役割もある。
ご存知ですか?
第18回コモンウェルス・ゲームが、2006年3月メルボルンで開催された。これは英連邦の53カ国と18地域から4,500人を超える選手が参加した、大きな国際的イベントであった。170万枚以上の入場券が売れ、全世界で15億人のテレビ視聴者を引き付けて、大会は大成功であったと称賛された。2,000万人ほどの人は、大会と同時に開催された、「メルボルン2006」と名付けられた文化イベントにも参加した。メルボルンでは2007年の世界水泳選手権大会も開催された。
オーストラリアでは、1956年にメルボルンで、2000年にはシドニーでオリンピックが開催されている。2003年には、世界で3番目のスポーツのビッグイベント、ラグビー・ワールド・カップがオーストラリアで開かれた。自動車レースのF1選手権やオートバイのグランプリレースも、様々なスポーツの世界選手権やワールド・カップのイベントと共に、毎年オーストラリアで開催されている。
チャンピオンの国
比較的少ない人口にもかかわらず、オーストラリアはクリケット、ラグビー・ユニオン、女子バスケットボール、ボート競技、ボクシング、ネットボール、陸上ホッケー、水泳、スキーなど、数多くのスポーツで世界チャンピオンを生み出してきた。
スポーツの実力を示す最近の例は、2004年のアテネ・オリンピックとパラリンピック、および2006年メルボルンで開かれたコモンウェルス・ゲームでの成功である。アテネでは、金17個、銀16個、銅16個を獲得し、総数でアメリカ、中国、ロシアに次ぐ第4位であった。パラリンピックは、金26個、銀38個、銅36個、計100個のメダルを獲得して、世界第5位であった。
所得控除を獲得しているもの
メルボルンでは、英連邦71の国や地域から集まった選手が競い、メダル221個(金84個、銀69個、銅68個)を獲得して1位であった。イギリスは110個で2位、カナダは86個で3位であった。2006年には、サッカー・ワールドカップでも決勝トーナメントまで勝ち残った。
スポーツの科学
オーストラリアの選手をチャンピオンにしているのは、単に強い意志やスポーツへの適性だけではない。科学、訓練、革新がオーストラリアのスポーツでの成功に大きく貢献している。えり抜きで専門的な選手たちは、コーチ、監督、科学者、医師、スポーツ心理学者、理学療法士、栄養士たちによる支援ネットワークからの恩恵を受けている。
政府から資金を得ているキャンベラにあるオーストラリア・インスティチュート・オブ・スポーツ(Australian Institute of Sports : AIS)は、最高水準のスポーツ施設提供や支援を行うサービスで、オーストラリアのエリート選手育成を主導している。32種類の異なったスポーツの訓練を行い、そのプログラムには生物力学、生理学、スポーツ心理学、科学研究や優秀選手発掘などが含まれている。75人を超えるコーチが、目下700人の選手を訓練している。
ご存知ですか?
国連開発計画 (UNDP) によると、オーストラリアの人間開発指標 (Human DevelopmentIndex: HDI)は、ノルウェーとアイルランドに次いで世界第3位である。(UNDPの2006年度HDIレポート)
スポーツとビジネス
スポーツ分野での成功で、関連物品やサービスの重要な国際貿易国になった。最近の国際活動には次のようなものがある:
- インドネシア、フィリピン、南アフリカおよびタイにおけるスポーツ・コンサルタント業務
- 香港、ニュージーランド、パプアニューギニアおよび南アフリカにおる青少年スポーツ・プログラム
- ブルネイにおけるエリート選手訓練計画
- アメリカにおけるイベントの運営サービス
2004年のアテネ・オリンピック大会では、35社を超えるオーストラリア企業が物品やサービスの契約を獲得した。契約額は2億ドルを超え、オーストラリアの対ギリシャ輸出を4倍にした。
メルボルンのConcept Sports社は、2004年アテネ大会での物品販売権を獲得した。1億ドルと推定されたこの契約で、大会開会に向けて従業員数を倍増した。Cleanevent Groupは大会の清掃と廃棄物処理の契約を結んだ。推定8,000万ドルの契約で、アテネでの数千の仕事に加え、国内各地でも100を超える清掃、監督、事業管理などの雇用を生み出した。
シドニーのTAFE Globalは、およそ8万人のオリンピック大会職員やボランティアを訓練する、数百万ドルの契約を結んだ。
国は、ホッキョクグマが生息何をすべきか
2008年の北京オリンピックにも、スタジアム設計、情報技術と通信の提供、イベント運営やスポーツ管理など様々な準備に、オーストラリア企業が密接に関わっている。
ご存知ですか?
オーストラリアのサッカー選手クレイグ・ジョンソン(Craig Johnson)は、イギリスのリバプール・フットボール・チームにとっては、単なるスター・プレーヤーというだけではなかった。彼はサッカー・シューズの表面に手を加えれば、ボールのコントロール、カーブ、パワーなどが向上するであろうと確信した。長年にわたる実験の結果、彼の試作品は、1994年スポーツ用品製造会社アディダスによって製品化されることになった。今ではアディダス・プレデターは改良されて6世代目となり、サッカーの名選手デービッド・ベッカムとジネディーヌ・ジダンが使用している。
スポーツへの参加
2005年の全国調査によると、15歳以上のオーストラリア人1,100万人余りが、少なくとも週1回は、訓練かレクリエーション、またはスポーツとして何らかの体を使う活動に参加している。この参加率は人口の69.2パーセントである。15歳以上の710万人 (44.2パーセント)は週3回またはそれ以上運動していると推定された。
15歳以上のオーストラリア人が行っている運動の人気トップ10:ウォーキング、エアロビクスとフィットネス、水泳、サイクリング、テニス、ゴルフ、ランニング、低木地帯ハイキング、サッカー、ネットボール(バスケットボールに似た球技)。
身体障害者のためのスポーツ
オーストラリア・スポーツ委員会の身体障害者スポーツ部門は、障害のあるすべてのオーストラリア人が、自分たちの選んだレベルでスポーツに確実に参加できるようにすることを目標にしている。
スポーツ・コミッションはこの目標達成を助けるため、次の4つの革新的なプログラムを掲げている:
トニー·ランドールは、どのように多くの子供を持つのでしょうか?
- 障害者がスポーツ活動に参加するのを助けるため、教師やコーチ、地域のリーダーたちにトレーニングや資料を提供する障害者教育プログラム
- 草の根からエリートまで、あらゆるレベルでの障害者のスポーツ参加を促進するため特別に企画された、CONNECT(Creating Opportunities Nationally through Networks in Education, Classification and Training) 計画
- 障害を持った若者、特に重度の要介助者を、もっと運動やスポーツに参加させるための手段を、教師や介助スタッフに提供するための総合的活動計画「スポーツ・アビリティー」
- オーストラリア・パラリンピック委員会と協力して、障害のある選手の競技出場を左右する重要な要因である、熟練した障害区分認定者のニーズに応える、全国障害区分認定プログラム(National Classification Program)
スポーツと国際援助
オーストラリア・スポーツ委員会は、10年以上前から、資源、サービス、施設の提供を通じて、オーストラリアと他国のスポーツ協力を促進するため、国際関係のプログラムを実施している。このプログラムは主として、太平洋地域、南アフリカ、カリブ海地域などで、オーストラリア政府が資金援助している地域スポーツ促進計画の運用や、スポーツ委員会と海外機関との関係を調整して行われている。
スポーツでの薬物禁止
オーストラリアは、禁止薬物の使用では世界でも最も厳しい国の一つである。2006年3月に設けられたオーストラリア・スポーツ反ドーピング機構(ASADA)は、薬物の使用を検知、阻止し、違法行為の摘発を執行する大幅な法的権限を与えられて、世界アンチ・ドーピング規定に基づいた管理をしている。ASADAには、広範な捜査権および他の政府機関との情報共用能力があり、オーストラリアの110種目に及ぶ競技種目にわたって、年間7,000回以上の検査を実施しており、今ではどんな選手であろうとも違法薬物を使用すれば、検知され、制裁される可能性が高い。
オーストラリアの厚い選手層 - アドリアン・マックレガー
国民の娯楽は通常その国の気候に影響される。しかし、オーストラリアは人の住む大陸としては世界で最も乾燥しているのだが、もしかするとそれだからこそ、オーストラリア人は水に引き寄せられているのかもしれない。人々は、泳ぎ、サーフィンをし、セーリングをし、水上スキーをし、シュノーケリングをし、ラフティングをし、ボートをこぎ、釣りをし、考えられるありとあらゆる方法で水を追い求めている。北半球からの来訪者は、飛行機で何千キロもの海岸線を越えて南下し、郊外の裏庭にプールが青い点のように散在するオーストラリアの州都に降りてくる。
人口のおよそ85パーセントは、その大部分が砂浜のある海岸から50キロ以内に住んでいるので、伝統的に水泳に秀でた国民になったのは当然のことであった。水泳は、オーストラリアで最も一般的なスポーツであり、社交的な活動である。
オリンピックでは、いつも水泳選手が、オーストラリアのメダルの大部分を獲得している。オーストラリア初の女性金メダリストに輝いたのは、1912年のストックホルム大会で競泳100メートルに優勝した、ファニー・デュラック(Fanny Durack)であった。以来メダリストのリストには、ほとんどのオーストラリア人になじみの深い、ドーン・フレイザー(Dawn Fraser)やマレー・ローズ(Murray Rose)からスージー・オニール(Susie O'Neill)、イアン・ソープ(Ian Thorpe)に至る選手が名を連ねている。
オーストラリア人が水が好きなのは、海岸へ行くと一番よく分かる。ボランティアによるオーストラリアのライフセービング活動は、その規模もユニークだが、技量でも国際的な競技で圧勝している。2007年度の世界プロサーファー選手権で男女ともに優勝したのは、ミック・ファニング(Mick Fanning)とステファニー・ギルモア(Stephanie Gilmour)で、彼らは、クイーンズランド州のゴールドコーストの互いの隣近所に住んでいる。
陸もまた、水と同様である。2007年11月、オーストラリアは、クリケット、女子のバスケットとネットボール、モーターサイクル・グランプリ、体操、サイクリング、セーリング、ボート競技、ボクシング、スキー、スカッシュなど、様々なスポーツで世界選手権のチャンピオンに名を連ねた。オーストラリア人のスポーツ愛好は、流刑地の歴史が気掛かりだった国民が、国際的に認められようとした、連邦誕生の初期に遡る。
1896年、第一回の近代オリンピック大会に予選を勝ち抜いて出場したのでなく、招待を受けたのは当然のことであった。それ以後オーストラリアは、毎回オリンピックに参加している世界でたった二つの国の一つであり、一度以上オリンピックを開催した6カ国の一つであることは驚くに値しない。スポーツが自分たちの置かれている国際的な立場を測る効果的な方法であり、スポーツによっては素晴らしく優位に立てることさえ実証できた。
最近、全国民の想像力を魅了しているスポーツはサッカーである。それは2006年のワールドカップで決勝トーナメントまで勝ち残った、オーストラリアのナショナル・チーム「サッカルー (Socceroos) 」の成功による所が大きい。フットボールの伝統が、イギリスのラグビーとアイルランドのゲーリック・フットボールに今なお結びついているオーストラリアで、サッカーはずっと苦戦してきた。13人制のラグビー・リーグは、2008年シドニー・クラブのコンペティション創設100周年を祝ったし、一方のオージールール (Australian rules)は、試合ルールが決められてから150年が経っている。しかし、何れのルールも明らかに地方的なもので、人気の上では正当な世界ゲームの冠をつけたフットボール、すなわちサッカーからの挑戦にさらされている。
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